セレモニー中 終始笑顔だった怪物が最後に見せた涙の理由
西武ライオンズの松坂大輔投手の引退セレモニーが先日行われ、西武ナイン・球団関係者そしてファンに向けて感謝の気持ちを伝えグラウンドを1周し別れを告げセレモニーも終わろうとしていたその時!大きなバックスクリーンに突如イチローさんからのビデオメッセージが映しだされた。
「大輔、どんな言葉をかけていいのか、なかなか言葉が見つからない。だから僕にはこんなやり方しか出来ません。
許せ、大輔!」。と、話したあと、画面が消え照明が落とされると観客からのどよめきとともにイチローさんが花束を掲げサプライズ登場。
それを見た松坂投手は膝にてをやりうつむきながら感動と感謝の気持ちでいっぱいという表情になり、
ゆっくり近づき松坂投手の顔を一心に見つめ「お疲れさまでした」と声をかけられた松坂投手はいままで我慢してきた涙があふれ、力強く握手をし、感謝の思いをイチローさんに伝えプロ野球人生を始めた西武の地で西武のユニホームで涙を拭った。
松坂投手あいさつ【全文】
(松坂)
まずはこのようなセレモニーを用意していただいた球団関係者の皆様ありがとうございます。
そして、メットライフドームまで足を運んでくださったファンの皆様ありがとうございます。
僕は今シーズン、きょうをもちまして23年間の現役生活から引退します。
野球と一緒で物覚えが悪いので紙を見ながら話してもいいですか。
2006年のポスティングでアメリカに行くときに、ファン感謝デーの日だったと思うんですけど、選手会長だったということもあり最後に挨拶する機会があったんですけど、やっぱりこの場に立つとですね、忘れちゃうんですよね。
なので同じ思いはしたくないので、しっかり自分で考えた文章をですね、紙を見ながら話をさせていただきたいと思います。
野球を始めたときから応援していただいているかた、ライオンズに入団してから応援していただいているかた、けがをしてから応援していただいているかた、たくさんのかたに支えてもらいました。
本当に長い間ありがとうございました。
僕の現役時代の原動力は、応援していただいているかたに喜んでもらいたいと思い頑張ってきました。
「one for all,all for one」ということばがありますが、「one for all.1人はみんなのために」、僕はこのことばを胸に刻み、投げ続けてきました。
僕が投げてきたことで、少しでもファンのかたが喜んでくれたり勇気やパワーを送ることができていたのなら、こんな姿になっても、まだまだ投げ続けたいと思いながらやってきて本当によかったと思います。
小さいころから投げること、打つことが大好きで、引退する直前までもっと投げたい、もっとみんなと勝ちたいと思っていた僕ですが、最後は普通に投げられなくなるまで野球を続けることができて本当に幸せでした。
プロ生活の後半は故障ばかりでしたけど、僕を産んでくれ育ててくれた両親に感謝しています。
小さいときから、常に僕と比較され、苦しい時期を過ごしたこともあった弟にも感謝しています。
若いときから引退するときまで、僕のわがままを許してくれた、妻、子どもたちにも感謝しています。
妻のお母さん、天国で見守ってくれている妻のお父さんにも感謝しています。
ただ、ここまで来る中でたくさんのかたに、たくさんの不満や迷惑をかけてきたことも事実です。改めて申し訳ありませんでした。
こんな僕に投げる場所を与えてくれたライオンズ、ホークス、ドラゴンズ、レッドソックス、インディアンス、メッツ、そしていつも僕の気持ちを奮い立たせてくれたファンの皆様、感謝しています。ありがとうございました。
そして、これからもプレーしていく選手の皆さんへ。
誰でもいつかやめる日が来ます。選手の時間は無限ではありません。
悔いの残らないように日々を過ごしてください。
引退試合の時にも言いましたが、トレーニング、体のメンテナンスには十分お金をかけてあげてください。
それがいつか自分にいい結果として返ってくるはずです。
もしそれが結果に結びつかなかったとしても、一生懸命考え、実践したことは、無駄にはなりません。
23年間やってきた中で、たくさんのうれしい経験、悔しい経験をしてきましたが、いつでも悔しい経験のほうが強く残っています。
その悔しい経験をばねに僕は挑戦してきました。
それは自分で自信をもって誇れる部分だと思っています。
今の結果に満足している選手は誰1人としていないと思いますが、そのときそのときの結果に満足することなく、うれしい経験、悔しい経験をたくさん積み重ねて信念を持って上を目指していってほしいと思います。
その経験、思いをこれからの世代に紡いでいくことができれば、またライオンズの黄金時代がやってくるのではないかと思っています。
これからは1人の野球ファンとして埼玉西武ライオンズの明るい未来を楽しみにしています。
最後に改めて23年間、長いあいだ支えていただき、前に進むために背中を押していただき、本当にありがとうございました。
松坂投手の軌跡
生年月日 1980年09月13日
出身地 東京
横浜高校時代(~1998年)
・夏の甲子園決勝にてノーヒットノーラン達成
・公式戦44戦無敗伝説
・98年甲子園春夏連覇
西武ライオンズ入団(1998年)
・ドラフト会議で3球団競合の末、入団
プロデビュー(1999年~)
・デビューVS中日戦で怪物ぶりを発揮し、6回途中までノーヒットノーラン
・ルーキー1年目で16勝 最多勝と新人王をW獲得
WBC連覇の立役者(2006年・2009年)
・2006年から始まった野球国際大会WBC3勝とMVPを獲得
レッドソックス入団(2007年~)
・6年契約で総額5200万ドルでの入団
ニューヨークメッツ入団(2013年~)
9年ぶりにNPBへ ソフトバンク入団(2015年~)
中日へ移籍
西武へ移籍そして引退へ
・10月19日 引退試合で背番号「18」復活
怪物と言われた男の野球生涯年俸
1999年から2021年までで総年俸額は
なんと!93億5千万円(推定)
【年別年俸(推定)】
第1期NPB時代
1999年 1300万円 西武
2000年 7000万円 西武
2001年 1億円 西武
2002年 1億4000万円 西武
2003年 1億1500万円 西武
2004年 2億円 西武
2005年 2億5000万円 西武
2006年 3億3000万円 西武
メジャーリーグ時代
2007年 6億3333万円 レッド
2008年 8億3333万円 レッド
2009年 同上 レッド
2010年 同上 レッド
2011年 10億3333万円 レッド
2012年 同上 レッド
2013年 1017万円 メッツ
2014年 1億5000万円 メッツ
第2期NPB時代
2015年 4億円 ソフト
2016年 同上 ソフト
2017年 同上 ソフト
2018年 1500万円 中日
2019年 8000万円 中日
2020年 3000万円 西武
2021年 2000万円 西武
通算成績
・日本のプロ野球通算成績
218試合 114勝 65敗 防御率3.04
・メジャーリーグ通算成績
158試合 56勝 43敗 防御率4.45
・日米通算成績
374試合 170勝 108敗
まとめ
高校生で平成の怪物と呼ばれた松坂投手。記憶に残る大記録や、数多くの賞を受賞し我々に勇気を与えてくれた日本が世界に誇るスーパースターでした。23年間もの長い間プロ野球選手生活お疲れさまでした。そして多くの感動をありがとう!
平成の怪物よ永遠に!
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